2015年1月18日日曜日

新幹線を作った元鉄建公団副総裁のリニア疑問論(北山敏和の鉄道いまむかし より)

篠原武司のリニア疑問論
(新幹線発案者の独り言 篠原武司話 高口英茂記 平成4年刊  p59-68)

篠原武司
田中角栄首相の日本列島改造論のブレーンとして活躍。
明治39年東京生まれ。
鉄道省、日本国有鉄道に勤務。
鉄道技術研究所所長時代に高速鉄道構想を発案し、銀座山葉ホールで高速鉄道講演会を開催した。
これが評判になり新幹線が一般に広く知られるようになった。
昭和39年日本鉄道建設公団副総裁、同45年総裁就任。
昭和54年退任。日本トンネル技術協会会長。平成13年逝去。

中央リニア構想

 これまでの氏の話から、鉄道は2点間を単線的に結ぶべきものではなく、ループになって循環している形のもののほうがインフラストラクチャーとして優れていることが筆者にも理解できた。
 このような新幹線網はまだ出来上がってきていないが、いずれは日本の根幹的なネットワークになるだろうし、それと大都市圈域での、より緻密な通勤新幹線網が将来の日本の鉄道の基本的な骨組となると思う。
 ここで触れておきたいのは現在脚光を浴びている中央リニア構想のことである。
 中央リニア構想は現東海道新幹線の輸送力の限界が迫りつつあることに対して浮上してきた構想である。
 現在の東海道新幹線は、静岡-小田原間の「のぞみ」の年間平均利用率が既に80%を超えている。年間平均80%の利用率ということは、盆・暮れの帰省ラッシュのみならず、春秋の旅行シーズンや、一日で言えば朝夕のビジネスマンの利用が多い時間帯では100%を超え、座れない人が大勢でているということである。
  一方、列車本数の増発に関しては「のぞみ」「こだま」の系統数、線路状況や駅ホーム等の広さからして、現在の本数でほぼ満杯になりつつある。 このため、いま注目を集めている新幹線通勤もいずれは座れない通勤になるおそれがあるし、そもそもJR各社が料金を高くして、新幹線通勤自体を締め出す方向にすら動き出しかねない様相となっている。

工事線の中、成田新幹線は京成スカイライナーの乗入線に代わった。
これは石原運輸大臣の決断で成田空港高速鉄道が設立されたのがきっかけになっている。(ちばの鉄道一世紀:白土貞夫p177)
平成23年現在、整備計画線は青森、長野、鹿児島まで開通している。
基本計画線は東京-大阪間のみリニアで計画されているが、他は夢で終わっている。
上図は山陽新幹線建設 倉元俊洋 鉄道ピクトリアルNo305 1975/4より
 中央リニア新幹線の建設構想は、このような東海道新幹線の輸送力の限界を最大の理由にして、その建設が構想されているが、さらに建設後年月を経た東海道新幹線の諸施設、特に鉄橋やコンクリート高架橋などの補修や取り換え工事のために、徐行や運休が不可避であり、その間輸送力の落ちる現在の東海道の動脈を細めないためにも、バイパス路線が必要だという事情もそこにからんでいる。
 そしてどうせ、東海道動脈の補強ともバイパスともなる鉄道をつくるのなら、高速度運転が可能なリニアモーターカーを使った中央り二ア路線を建設することがいっそのこと良いのではないか、そうしてそうすることによって、東京-大阪間は現在の1/2あるいは1/3の短時間で結ばれることになり、首都圏機能の名古屋、大阪方面への分散にも役立つというものである。

○ リニア構想に求められる冷静な判断

 しかし、篠原武司は、リニア構想については次のような疑問を呈する。
 まず第一に、リニアが安全な技術かどうかということである。
 リニアはまだ完成された技術ではなく、特に強い磁気が人体に短期的あるいは長期的にどのような影響を与えるのか未知の部分が大きい。それは磁気遮蔽の技術の進歩が今後斯待できるとしてもかなり障害となりそうである。
 また、速度が大きく出せることは望ましいことではあるが、超高速の物体が空気中、それも地表付近の濃い大気中を移動するとき生じる周辺への影響や、移動する車に乗る乗客への影響についても未知のところがある。
 マイナスの影響を避けるため、リニア路線のすべてを地下化しないとならないことになる可能性もある。
 篠原武司は語る。
 ――リニアモークーカーの研究は自分が鉄道研究所所長だったとき(昭32年)、所員に研究をやりたいという者がいて始めたものだが、トンネルに出入りするときの風圧の問題をまったく考えていない。
 トンネルを出入りするときの衝撃をどうするつもりなのか。
 まさか全線地下化するわけにもいかないだろうし、まったく解せない。
 そもそも地上を超高速で走ればすごい風が起こる。リニアでは時速500キロを目指すとしているが、時速500キロは秒速に直せば秒速129メートルということだ。今年の最大級台風だって、最大風速は秒速50メートルなんだ。
 トンネルの多い日本では地上を走る輸送機関としては時速250キロから300キロを限度とすべきだ。それ以上の高速度が欲しければ飛行機を使えばいい。鉄道輸送の限度をわきまえるべきだ――
――フランスでは確かに時速500キロを出したケースもあるが、あれは下り勾配でトンネルのないところで出したもので、あくまで宣伝用、常時そのスピードで運行しているわけではない――
――自分はそのことを機会があるごとに、方々で言っている。なのに後輩たちが自分の申し送りを聞こうとしないのだ――
――僕のことを鉄道万能屋のようにいう人もいるが、それは違う。
 自分は、全国新幹線網を構想したとき、北海道については函館から南回りで札幌に出るのではなく北回りにしたほうがいいと思った。
 それはその方が距離が短くて済むし、火山も避けられる。また将来、札幌から先に路線を仲ばすときは、南回りだと札幌で列車進行の向きを変えなければならないといった理由もある。
 そして北回りにして距離が短くなった分だけ、札幌から千歳空港へ路線を延ばす経費にあてられると考えた。
 僕は航空機と鉄道、鉄道と船、鉄道と自動車とは結びつけるものと最初から思っている。
 四国鉄道管理局長だったころ(昭和25年)、松山から大阪へ列車ごと連絡船に乗せて時間を短くした急行列車を考えたのもそうした考えからだ。
 鉄道だけでいい交通システムが出来ると考えるのは間違いだ。けれど、後輩たちはそのことがわかっていない――
――山梨県を通る中央新幹線は必要だ。
 中央新幹線をはやく作って開業し、東海道新幹線をしばらく休ませ、補修工事をやる必要がある。
 そしてそのあとは中央新幹線に「のぞみ」、東海道新幹線に「こだま」を運行するようにするといい。
 それと中央新幹線を作ったら、富士五湖近くに国会を移転すれば東京一局集中も緩和できる。
 アメリカでも経済の中心ニューヨークと政治の中心ワシントンは別だ。日本もぜひそうすべきだ――
 また、リニアシステムは高速性に富み、騒音・振動も少ない優れたシステムではあるが現行の新幹線システムと比べ、乗客一人当たり約3倍の電力を消費することも将来の地球の資源消費や環境保全上問題になるかもしれない(乗客一人当たりの消費電力量は現在の新幹線の40倍とする人もいる)。
 さらに、運行の安全性についても技術的に未知な部分が大きい。
 新幹線は長年の車両・線路・動力・指令情報等の分野での技術の集積の上に立って作られた自動列車制御装置(ATC)がミスを絶対的に防ぐシステムとなっており、それをベテランの運転士の人間的な判断が補強している。
 それが開業以来25年間乗客の死傷事故をゼロにしている原動力ともなっている。
 リニアにはその蓄積がないし、システム的にもすべて中央で運転コントロールをしなければならないシステムであり、運転士を必要とせず、そのため、運転してみて異常が発見されるということが期待できない。
 すべて機械まかせである。また、非常ブレーキがどの程度きくかも未知である。
 また次のような点も大きな問題である。
 つまり中央リニア構想は、東京-名古屋-大阪の3巨大都市を単線的に結ぶことしか考えていず、リニア路線が在来線や現在の新幹線といっしょになって、日本の交通の骨格をつくっていくというビジョンに欠けている。
 つまり、作ってもっとも利益のありそうな、東京-名古屋-大阪に、航空輸送にも勝るとも劣らない閉鎖的な、それだけの地上型輸送型システムをつくる計画にとどまっているということである。
 氏がこれまで主張してきたのは、新幹線網を骨格とした全国的な鉄道の便利な利用形態の実現、それも地方から東京に出るのが便利なだけではなく、むしろ地方と地方とが結びつくのに便利な交通システムの確立と、大都市圈の居住性を高める放射・環状の新幹線網の建設である。
 この考え方は東京への過度の集中にブレーキをかけ、かつ東京圈の居住性も高めるものである。
 それに対し、中央リニア構想は、東京-名古屋-大阪間だけで可能なプランであり、そこから先へは中々広げることのできない計画であるように思われる。
 とすると、中央リニアは東京・名古屋・大阪だけの利便性のみをますます高め、巨大都市への集中を加速する方向に作用するだろう。
 篠原武司は語る。
――新幹線を在来線の活性化に十分結びつけられなかったことが今でも悔やまれる。
 その結果、多くの在来線が過去の遺物のようになってしまった。
 その轍を中央リニア新幹線構想が踏まねばよいと思う。残念ながらその恐れはなくはないようだ。
 例えば中央リニアが出来ると、現在の東海道新幹線の乗客は半分に減るだろう。
 いや実際には大部分の客はリニアに移行するのではないだろうか。
 その結果、現在の東海道新幹線も在来線と同じく、遺物になってしまうおそれがある。
 東海道新幹線は山陽新幹線と直通しているし、東北・上越新幹線とも結びつき、日本の鉄道輸送の骨格となるにふさわしい。リニアでは延長や結びつきがどの程度はかれるのだろうか。――
 つまりリニアでは2地点間を結ぶ交通システムにとどまってしまうおそれが大きいわけである。
 それよりも、現在の東海道新幹線の輸送力が限界なら、もう1本、新幹線を作っていくほうが全国的な循環型交通ネットワーク網の整備や通勤者向けニーズに応えていく上ではより望ましい選択になる。
 篠原武司は続ける。
――東海道新幹線はスクラップにしてしまうのはいかにも惜しい。
 昭和32年のころ新幹線を構想したのは当時、既に自動車輸送や航空輸送に対抗できなくなりつつあった在来線型の鉄道輸送に代わるものとして、鉄道の持っている長所を時代の要請の中で再生させようとして提案したものだった。
 現在の新幹線システムは改善の余地があるにせよ、航空輸送、自動車輸送と比べ、有用性が高い交通システムとして認められ、現に多くの乗客を運んでいる――
――もちろん、東海道新幹線は大幅な手直しが必要だ。中でも複々線化が一番待望される。
 現在は同じレールの上を、のぞみ、ひかり、こだまを混合させて走らせねばならないため、列車間の間を詰めることが難しいが、複々線化すれば、のぞみとひかり、こだまを別々な線を走らせほぼ数分おきにダイヤを組めることになる。
 そうすると大幅な輸送力アップが可能になる。
 複々線化工事は、現在の新幹線の老朽部分の取り換え工事と併行して進めることもできる――
――そのほかにも現在の新幹線でもやるべきことがいっぱいある。
 新幹線と在来線の結びつきの強化、大都市周辺(東京・名古屋)等で、騒音・振動対策のために、大幅なスピードダウンを強いられている現状を構造的に解決していく取り組み、フランスなどに大きく遅れをとっているスピードの現行よりの大幅アップ、快適性の大幅な増進など、取り組むべき課題は多いのではないか――
――僕のこのような考え方に対し、リニア構想をかっての東海道新幹線建設構想といっしょのものとして考える考え方もあるが、それは違うと思う。
 当時の東海道線はどうやっても航空機輸送や自動車輸送に対抗できなかった。
 いまの新幹線はそうではない。十分な対抗パワーをもったシステムだ――
――また、東海道新幹線は技術的に必ず出来ると確信を持って提案もしている。
 確かにリニアの実現は夢ではあるし、いずれは、実現をはかっていくべきものであろう。
 しかし今は、新幹線それ自体のスピードアップ、グレードアップをこそはかっていくほうが必要と思うんだが、君はどう思うかね――
 筆者は氏にお会いしてお話をきく前は、篠原武司氏はその経歴からみても、大規模プロジェクトなら何でも推進の旗を振る人かと思っていた。しかし違った。
 氏はむやみと大規模プロジェクトを推進すべしとはまったく思っていない。
 氏が推進しようとしてきたプロジェクトは、すべてそこに一本、全国新幹線網こそが、国土の基本的な交通インフラストラクチャーであるべきであるという信念の筋が通っていた。

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