地下1400メートルにトンネル リニア、技術未確立のまま着工へ
最高時速505キロ、品川-名古屋間をわずか40分でつなぐ“夢の超特急”リニア中央新幹線が10月にも着工される。事業主体のJR東海は環境影響評価(アセス)書と工事実施計画書を8月下旬に国土交通省へ提出した。完成予定は2027年。歓迎の声がある一方で環境への影響やコスト、エネルギー効率について疑問視する意見も根強い。過去に例のない深さの地下を超高速で走り抜けるこのプロジェクトの全容は-。
■大深度まっしぐら
地下を突き進むその特異な軌道が克明に示されていた。
JR東海が8月26日に公開した「中央新幹線品川・名古屋駅間の工事実施計画書」。品川-名古屋間286キロ、そのルートの地上からの深さと地表面の海抜が1キロごとに記載されていた。これまでもアセス書などで地下構造の概略図は示されていたが、詳細な断面図が公表されたのは今回が初めてだ。
県内の延長約40キロのうち地上に出るのはわずか1・3キロ。それも相模川橋梁(263メートル)や道志川橋梁(167メートル)など、橋が架かる部分に限られる。
川崎市内はすべて深さ50~80メートルほどの地下を走り、県内唯一の駅となる「神奈川県駅」(仮称、相模原市緑区橋本)のホームは地下約30メートルに造られる計画。13年3月開業の東急東横線渋谷駅とほぼ同じ深さとなる。
駅の5キロほど手前の地点(地下約50メートル)から徐々に地上へ近づき、駅からまた深く潜っていく軌道だ。ホームの深度を浅くするために軌道を引き上げているのだと、JR東海の広報担当者は説明する。
リニア中央新幹線の地下構造は、2001年に施行された「大深度法」が適用される数少ないプロジェクトの一つだ。
地下40メートル以下を大深度と定め、都市部では地上の地権者の権利が一部制限され、公共使用の場合は原則的に補償の必要がなくなる。これまで同法が適用されたプロジェクトは、東京外郭環状道路(外環道、関越自動車道-東名高速道路間)と神戸市の大容量送水管整備事業の2件で、リニア新幹線が3例目となる。
■山間部の地下貫く
断面図をつぶさに追っていくと、県内の最深部は相模原市緑区寸沢嵐付近と分かる。品川駅から51キロ地点付近、海抜500メートル超の山間部の地下307メートルを貫く。
さらに西へ進むと静岡、長野、山梨の3県境、3千メートル級の山々が連なる南アルプスもその地下をひたすら直進する。
工事実施計画書に記載された断面図によると、起点の品川駅から約153キロ地点、小河内岳(標高2802メートル)付近で最深部となる。山頂、つまり地表からの深さは約1410メートル。過去に例のない“超”大深度にトンネルが掘られる計画だ。
アセス書によると、建設中も開業後の走行時も、振動や騒音の基準を下回る見通しで、水源や水質への影響も小さいと予測。地盤沈下の可能性も少ないとし、地上に住宅がある区間では事後調査するとしている。
掘り出される残土は県内分だけで横浜スタジアム約46杯分の1400万立方メートルに上り、うち7割の使い道は現時点では決まっていない。
■約50ヘクタールの車両基地
品川-名古屋間に二つだけ設けられる車両基地のうち、一つは豊かな自然が広がる相模原市緑区鳥屋の約50ヘクタールに建設される。
道志川橋梁近くで本線から南側へ支線が引かれ、その先に車両を止められるようにする。
日産スタジアムのフィールド約65個分に相当する用地の買収交渉はこれから始める。大規模に山地を開発することで緑地が失われることから、JR東海は近隣に約2ヘクタールの広大な人工の自然環境「ビオトープ」を整備する方針をアセス書に盛り込んだ。現状の湿地や草地に類似した空間をつくるという。
10月とされるリニア新幹線の着工。用地買収が必要ない品川、名古屋両駅の施工を先行させる計画という。並行して、新駅や車両基地の用地買収交渉を進め、手続きが整った順に着工していく方針という。8月26日に横浜市内で開かれたJR東海の会見では、県内でいつ工事が始まるかについては明言を避けた。
世界最高速度で、過去に例のない大深度地下を世界初の超電導磁気浮上式リニア技術で走る未知の乗り物。その前代未聞の工事が間もなく始動する。
◇エネルギー効率に疑問 産総研・阿部修治さん
最終的に大阪までを結ぶリニア計画は総工費9兆円という巨大プロジェクトだが、膨大なコスト、消費エネルギーに疑問を寄せる声もある。
「メリットはスピードぐらい。エネルギー効率は東海道新幹線と比べ3分の1から4分の1だ」。そう指摘するのは独立行政法人・産業技術総合研究所(茨城県つくば市)で、エネルギー消費やリニア技術などを専門に研究している阿部修治首席評価役(60)。
試算によると、乗客1人当たりに使用するエネルギーは東海道新幹線の4~5倍。消費電力で比べても時速300キロで走行した場合で新幹線の2倍になるという。
乗客定員が1編成千人と少ないのとエネルギー効率の悪さが理由で、阿部さんは「東海道新幹線に磨きをかけた方がよほど効率的」と指摘する。減速しなければならないカーブを極力直線化し、老朽化した橋梁を架け替え地震に強い構造にする。そうした再整備で総コストは圧倒的に安く済むという。
さらに8月の工事実施計画の認可申請の際、総工費が935億円増額されたことを例に「具体化していない部分が多く、コストが膨れる可能性は否定できない」と話す。
JR東海は増額の理由について、車両内に電力を供給するシステムを従来のガスタービンから非接触で電力供給できる誘導集電技術に変更したためだとしているが、今後も新たな技術導入や人件費の上昇がないとは限らない。
そもそもJR東海は「営業運転が何両編成になるかは決まっていない」と説明する。山梨の実験線では、今年6月に7両から12両編成に増やしたが、現在は7両に戻して走行試験を実施している。阿部さんは「営業運転までに開発しなければならない技術はまだまだたくさんある」と、技術自体が未確立のまま走りだしたプロジェクトの推移に注目している。
【神奈川新聞】
0 件のコメント:
コメントを投稿