2015年7月3日金曜日

リニア、語られない重大な懸念。車内気圧変動とヘリュムショック(ビジネスジャーナル2015年4月28日)

リニア、語られない重大な懸念と、前代未聞の難工事 車内気圧変動とヘリウムショック

品川~名古屋間を40分で結ぶリニア中央新幹線の建設工事で最難関工区と目される「南アルプストンネル新設工事」の山梨県区間が3月13日、大手ゼネコン(総合建設会社)などに発注された。ゼネコン各社は施工方法や工費などを盛り込んだ見積書を8月までに東海旅客鉄道(JR東海)に提出。その中で、最も優れた提案を行った会社が正式契約を得る予定で、総事業費5兆5000億円に上る「今世紀最大の国家的プロジェクト」(鹿島建設幹部)の工事が具体的に動き出す。
 この南アルプストンネルは、標高3000m級の山々が連なる赤石山脈の真下を貫く全長約25kmの山岳トンネルだ。陸上の鉄道トンネルとしては東北新幹線の八甲田トンネルや岩手一戸トンネルなど、より長いトンネルがすでに供用されており、長さ自体は目新しいものではない。
 このトンネルが着工前から難工事と喧伝されるのは、日本列島を左右に分断する大活断層「糸魚川静岡構造線」を横切る上に、地表からトンネル天井までの土の厚さを表す土被りも1100mに達するという「国内でも施工事例がないトンネルを、2025年10月までに完成させなければならない」(同)ためである。
 土被りの量だけを取り上げると、世界にはヨーロッパアルプスの真下を通るスイスのゴッダルドトンネルのように2500mに達するものがあり、上越新幹線の大清水トンネルも地表から1300mの深さに掘られている。だが、「地質が目まぐるしく変わる構造線のトンネル工事は、実際に掘削してみないとわからない」(同)。わずか650mを掘り進めるのに10年の歳月と16もの工法を駆使しなければならなかった北越急行の鍋立山トンネル(新潟県)のような事例もある。ちなみに鍋立山トンネルも、糸魚川静岡構造線と並ぶ大活断層「柏崎千葉構造線」の上に位置している。
 JR東海が目指す27年の開通を現実のものとするには、南アルプストンネル以外にも、全長約37kmの大深度地下トンネル「第一首都圏トンネル」や同34kmの「第一中京圏トンネル」、木曽山脈を貫く同23kmの「中央アルプストンネル」など、「長大トンネル工事の百貨店」(国土交通省)と例えられる各工区をすべて、遅延なく完成させなければならない。一本の軌道に導かれて走るという鉄道の特性上、一つの工区が欠けても開通できないことは指摘するまでもないだろう。

語られていない懸念


 しかしリニア中央新幹線の場合、首尾よく開業にこぎ着けられても、新幹線のような安定高速輸送機関として定着できるかどうか、そのカギを握る、あまり語られていない懸念事項が2つある。
 それは車内の気圧変動をどこまで抑えて快適な車内環境を提供できるかという車両設計上の課題と、リニアの心臓部であり技術のコアといえる超伝導磁石の冷却に欠かせない、ヘリウムの安定確保という問題だ。
JR東海が昨年8月に国土交通省に申請した工事実施計画の線路縦断面図という資料がある。それによると地下40mに設置される品川駅を出発したリニアは、首都高速中央環状線山手トンネルの下をくぐるため一旦、地下80mまで下りた後、東京都内から神奈川県にかけて大深度地下で通過。営業線にそのまま転用される山梨実験線を経て海抜約250mの「山梨県駅」(仮称)を過ぎると、40パーミル(1000m進むごとに40m上がる)という急こう配を駆け上がり、山梨県駅から西におよそ40km、南アルプストンネルの中に設けられる海抜1209mのサミットを目指す。
 時速500kmで走るリニアにとっては、山梨県駅から5分弱の距離である。だが乗客は、この間におよそ960mの高低差を強制的に体験させられることになる。
「六本木ヒルズ」をはじめとする国内の主な超高層ビルに設置されているエレベーターの速度は分速360mで、それに比べればリニアの垂直加速度は低いとはいえ、エレベーターの搭乗時間が1分未満なのに対して、リニアはその5倍。しかもサミットを超えると伊那谷に設けられる「長野県駅」(仮称)に向かって、今度は40パーミルで急降下していく。
 さらにこのアップダウンは、南アルプストンネルに続く中央アルプストンネル内でも繰り返される。リニアは水平方向の速度だけでなく、上下方向の移動の面でも「わずか40分の間に地下80mから海抜1200mまで目まぐるしく移動する、世界に例を見ない乗り物になる」(陸運業界紙記者)のだ。
 もちろん、リニアの車体を航空機並みの気密構造にして、軽い与圧をかければ乗客の不快は抑えられるだろうが、果たして、人体に与える影響は無視できるレベルのものであろうか。しかしながら、JR東海の技術力をもってしても解決が難しそうなのが、前述したヘリウムの世界的な逼迫問題である。

ヘリウムショック


 12年末に起きた「ヘリウムショック」を覚えている方も多いに違いない。長年、1kg当たり2500円前後で推移してきたヘリウムの輸入価格が、需給バランスの乱れによって6000円を超えるまでに急騰し、がん検査に用いる磁気共鳴画像装置(MRI)が一時、使用停止に追い込まれたり、飛行船が飛べなくなったりしたほか、東京ディズニーランドでもキャラクター風船の販売が中止に追い込まれた。
 世界の商用ヘリウム産出量の8割を握る米国で、製造設備の老朽化などから供給量が減る一方、中国をはじめとする新興国でヘリウムの主に製造業向け需要が急増したことが背景にある。さらに厄介なのはヘリウムが大気中に0.0005%しか含まれないため空気からの採取が極めて難しく、加えて米議会が「2020年までは認める」と定めている輸出姿勢がそれ以降は不透明であること、そして現在のペースで需要が増え続ければ30年代後半にはヘリウム自体が枯渇するという可能性すら出てきたことだ。
軌道上に設置した無数の超伝導磁石を冷却し続けるのにヘリウムが欠かせないリニアにとっては、ヘリウムの需給逼迫は文字通りの死活問題であり、枯渇は悪夢以外の何ものでもない。リニアに5兆5000億円の巨費を投じるJR東海にとっても、深刻な経営課題として急浮上している。

JR東海、リップサービスの真相


 そうした状況の中で昨年4月、安倍晋三首相がオバマ米大統領との首脳会談でリニアの技術を米国に無償提供すると突然表明し、関係者を驚かせた。安倍首相とJR東海の実力者・葛西敬之名誉会長は親しい仲にあり、同社の了承の下のリップサービスであったことはいうまでもない。
 その葛西氏はかつて、新幹線の技術を中国にタダ同然で渡した東日本旅客鉄道(JR東日本)と川崎重工業を「国益を損なう行為」と激しく批判したことがあったが、180度異なる葛西氏の今回の対応も、ヘリウム不足を補助線として考えるとわかりやすい。主要メディアは米国へのリニア新幹線の売り込みが目当てなどと報じたが、真相は「虎の子のリニア技術をタダで渡す代わりに、同社にはヘリウムを安定的によこすように」という政治的な取引なのである。
 JR東海や国交省は、ヘリウムに代わる超伝導磁石の冷却技術の開発を急いでいる。しかし、ヘリウムフリーの高温超伝磁石の実用化には、まだ至っていないようである。同社の焦りは募るばかりだ。
 今から半世紀以上も前、東海道新幹線の開発を指揮した国鉄技師長の島秀雄氏は、鉄道の良い意味での「枯れた技術」を集大成して時速200kmの高速鉄道をまとめ上げた。それが今も続く列車乗車中の乗客の死亡事故ゼロという安全性の土台となった。翻ってリニア中央新幹線のプロジェクトとそれを司るJR東海の姿勢を眺める場合、ある種の自己過信と冒険、綱渡りの姿勢とが、所々に見られると思うのは筆者だけだろうか。
(文=編集部)

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